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【プロフィール】コーチングスタッフ 村上友太

〇革命的な出会い

私が初動負荷トレーニングに出会ったのは18歳の時で、初めて初動負荷マシーンを動かしたときの感覚は「一言に革命!」でした。それまでは、とにかく怪我の多いバスケットボール選手で、脚の怪我においては数えきれず、一年間で数回もの疲労骨折を起こしたこともあります。次第に「スポーツには怪我が付き物で、それを乗り越えた選手だけが良いプレイヤーになれるのだ」という考えを肯定するようになっていきました。しかし、初動負荷トレーニングに取り組み始めてそれは一変します。常に隣りあわせだった怪我は激減し、シーズン通して健康でいられるようになりました。そして、怪我が減ると同時に、私の動き方は大きく変わり、「リラックスすることで動作は加速しやすい」「ボールや地面に力をうまく伝える為には、リラックスする事が大切」といった感覚を知った時は、大きく未来が開けたように感じました。

〇変化

その頃から私は身体の動かし方に強い興味を持つようになります。それまで行っていたトレーニングの一切を辞め、四六時中身体の動かし方について考えるようになりました。当時は、初動負荷トレーニング施設が極めて少なく、とても毎日実施できる環境ではなかったので、ストレッチ、ダンベル等の重さを用いてのストレッチを重視しました。日によっては、それだけで6~7時間を費やした日も少なくなかったと思います。歩き方はもちろん、姿勢においては寝る時でさえ意識できるように考えていました。

そして、毎日バスケットボールとトレーニング、動き方を考えることに明け暮れた私も、大学4回生を迎え、就職を考える時期になりました。元々、これだ!と思うものが見つかると、もはやそれしか考えられなくなる性質ですので、初動負荷トレーナー以外の道は考えられませんでした。しかし、前述しましたように、当時、初動負荷トレーニング施設は全国でも数えるほどしかありませんでしたし、何よりもワールドウィングエンタープライズ(鳥取本部)で学びたいという思いから、大学卒業と共に鳥取本部へと行き、その思いを伝えに行っていました。ありがたいことに、その熱意を汲み取って頂き、1年間の研修生という形で迎え入れて頂くことができました。

何とか道なきところに道を見つけたと思い安堵しましたが、そこにもう一つの問題が生じます。大学を卒業したばかりの私は、当然ながら一年間収入が無い状態で暮らすだけの十分な貯金がありませんでした。返還する予定の使わなかった奨学金等をかき集めて、何とか一年分の家賃と光熱費は確保できましたが、何度計算しても毎月5000円分の食費しか残りませんでした。自分で選択した道です。腹をくくりました。 現在70kgほどある私の体重は、当時52kgまで落ちましたが、何とか一年間を乗り切る事ができました。その後、鳥取本部で見習いとしての雇用を経て、ワールドウィング小牧(現ワールドウィング雲水グループ)に配属されます。

 

〇現在の想い

それから9年が過ぎ、今に至ります。今でも毎日トレーニングをし、毎日身体の動きについて考え、毎週バスケットボールをします。あの頃のままとはいかないですが、基本的には変わりません。自分のように怪我や痛みの悩みから抜け出せる喜び、子供の頃のような動くこと自体が楽しいという感覚、健康であるという事の本質を、このトレーニングから学び続けています。

もうおわかりかと思いますが、私は初動負荷トレーニングが大好きです。そしてこの場所が大好きです。 この場所で、会員の皆様と共に研鑽できるこの仕事が天職だと思っています。 私の現場での信条は、「悩み、苦しみ、痛みに共感し、生きる勇気や、知恵、喜びを与える精神」です。 共感する事は大切ですが、それだけでは前に進めない。私自身が道標となり生きる勇気や知恵、喜びを与えられるような存在でありたいと思います、あり続けたいと思います。

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